門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし
大分で旅行会社やっています
おおいたツーリストの中村です
元日の昨日は朝のうち実家に帰り
両親と実家近く神社へ初詣へ
家の近くといえども
2か所、3か所お参りすれば
数キロの距離になるので
私の運転する車に両親を乗せて
お参りする事になる
七十代後半になった両親は
昨年後半に、二人して整形外科系の
入院、手術のお世話になり
それからめっきり足腰が弱り
ちょっとした石段や段差でも
危うい感じになってしまった
「来年の正月は参れるかどうか」
そんな事を、両親と話しながら帰った
門松は冥土の旅の一里塚
めでたくもありめでたくもなし
「正月は」本当にめでたいのか?
この句は一休禅師が著わした
『狂雲集』に掲載されている一句
めでたい、めでたい
あの世にまた一歩近づけたから
めでたいじゃないか
正月の門松は、冥土へ向かう道に
築かれた一里塚みたいなもの
確かに、両親もそうだが
私自身もあと何回正月を迎えられるか
当たり前の日常を繰り返しているうち
いつか自分の人生が終わる事すら
忘れそうになっている
グループのお客様が癌でなくなった
59歳、最後にお会いしてから
わずか半年後に亡くなられた
連絡を受け、葬儀に出るまでは
俄かに信じられなかった
まだ、59ですから・・・
人生なんてあっけないものだ
このくらいの歳になると、いよいよ
そんな思いが強くなってくる
昨年から続く、新型ウイルス感染拡大
これに依って社会生活も大きく変わり
場合によっては、コロナによって
志半ばで命を落した方もいるわけで
志村けんさん、岡江久美子さん
先日、53歳で急逝された
羽田雄一郎参議院議員もそう
今後はもっとそんな機会が
増えてくるのかもしれない
いま、普通に会えて
一緒に飯が食えている友人と
当たり前のようにいつまでも
同じ事ができると思ってると
大まちがいなわけで
このまま、お正月も花見もお盆も
何十回も迎えられるわけじゃない
正月から、とりとめのない話を
延々していますが、要は今年も
後悔の無い生き方をして
過ごしていかなきゃいけないなと
そう思うのです
どうせ一度きりの人生なら
人の役に立ちながら惜しまれて
亡くなるひとを目指したい
今年は年明け、そう思っています
それでは、今日はこれくらいで