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ラベルの意味、気持ちの本質を考える

 

おんせん県おおいたで
旅行会社をやっています
おおいたツーリストの中村です

2025年3月25日(火)
2033号になります

 

今日もよろしくお願いします

 

実家の両親は昨年80歳を超えました

 

二人とも今のところ自分の事は

自分でやっていけているので

 

面倒を見るとか、そういうふうには

思ってないのですが

先日、こんな話がありました

 

 

 

実家は以前、酒屋をしていて

店舗の跡を改装して父が客間として

利用しています

 

冷蔵庫からすぐに出せるよう

ペットボトルのお茶をたくさん

用意しています

 

私もよくそこから取り出して

飲む事があるので

 

ひと箱買って補充しておこうと

アマゾンで購入しました

 

 

いつも伊藤園のお茶なので

それがいいのだろうと思い買いましたが

レベルレスの商品がほんの少し安く

 

捨てる際もその方が手間がかからず

キャップだけ分別すれば

すぐに捨てられる

 

私にとってはその感覚なんですが

 

 

やっぱり田舎の年寄りは

変な所にこだわりがあるもんだ

と、ちょっと感覚の違いを感じました

 

 

 

「ラベルがないと出されたほうも

何の商品を飲まされてるかわからない」

 

「古いものを出された感じがする」

 

「高くてもいいからラベルが必要」

 

と、両親ともに言うのです

 

確かに、

自家用やオフィスで使う分には

レベルレスでいいんでしょうが

 

 

お客様に対して出すには

グラスに移して出さないのなら

少々失礼なのかもしれません

 

 

お中元やお歳暮に熨斗も包装もせず

ポンと渡したらこれは何?と

なってしまうのと一緒でしょう

 

 

 

実用的な部分ばかりを求め

コスパ、タイパと言ってると

本来、必要なものまでそぎ落として

しまう事に気づかされました

 

 

両親のこだわりに触れることで

物事の本質を考え直すきっかけを

もらった気がします

 

 

効率や価格だけを追求するあまり

心の通う部分や、相手への思いやりを

忘れてしまうことがあるのかもしれません

 

 

旅行と言う商品も同じことが言えます

 


こうした体験を通じて、

何気ない日常の中にも

小さな気づきや学びがあると

改めて思いました

 

 

世代が違っても価値観を共有し

尊重し合えることこそが

リスペクトではないかと思います

 

 

「うちの年寄りが…」なんて

思っていたら大間違いです

 

 

それでは今日はこれくらいで

 

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