生誕52周年記念 いま「親ガチャ」を考える
今日、晴れて52になりました
52という中途半端な歳は「晴れて」が
相応しいのか、いささか疑問ですが
何かの拍子に不幸にも来年の誕生日が
迎えられなかったりする事もある訳で
だとすれば、胸を張って毎年
「晴れて」と付け足す人生の方が
「もう、いい歳ですから」とつまらない
謙遜して生きるよりはいい気がします
いつもより冒頭が長くなりました
おおいたツーリストの中村です
最近、「親ガチャ」という言葉を耳にします
はじめは何のことかと思いましたが
子の立場から「親は選べない」
「どんな家庭に生まれるかは運任せ」
みたいな意味だそうで、ガチャ
ハンドルを一回転して何が出るか
わからない所からきているんだそう
このワードに、嫌悪感や否定的な
意見を唱える人ほど、自身は
恵まれた環境で育った人が多いと
何かの記事に読んだことがあります
私が育った環境は、
果たしてどっちに当てはまるのか?
父は地元の会社に勤める会社員でした
40からグループ会社の代表になり
52で早々に退職、今の私の歳です
77歳の今でも、悠悠自適かどうかは
わからないけど、まぁ暮らしてます
最近になって、当時幾らくらい
貰ってたかとか、少し生々しい話も
少しづつするようになりましたが
でも、子供の頃ウチが裕福だとか
感じたことは全くありませんでした
田舎だったので、日曜日は
父の手伝いで、山に行ったり
土を運んだり、草を刈ったり
毎週、土木作業ばかり
それがすごく嫌で
少年野球に加入した兄が
いち早くその週末労働から
抜け出して行った時は
悔しくて羨ましかったし
兄弟喧嘩しても
部屋が散らかってても
親父には正座させられ、殴られてたし
サンタクロースも低学年の時に
一度だけ来たことがあるくらいで
とにかく、
子供のころはおっかなかった
歳をとって随分変わりましたが
母は、寝たきりの祖母の介護を
しながら、小売の酒屋を営み
酒やヤクルトの配達をしてました
家事と介護とお店を同時にやり
いつも問屋に払う仕入れの代金の
工面をしてたので
子供心に「大変なんだな」と思ってたし
うちは余裕ないんだなと思っていました
まあ、両親そろって
金のない芝居が上手だったんだなと
今になっては思います
なので、欲しいものを買うにしても
進学するにしても、自分で賄えるよう
働いて稼ぐというのが当たり前で
特に、当たったとも、外れたとも
思いませんし、そんな考え方自体が
親に失礼な気がします
あるとすれば
これだけ食わせてくれた「感謝」です
「親ガチャ」っていうのは
たらればみたいなところがあるでしょ
たられば話って笑える話はいいけど
殆どが時間の無駄みたいなのが多くて
今の時代に生きてる
しかも日本で、日本人として
生きているというだけで
アドバンテージというか
相当羨ましがられていい
存在なんじゃないかと
思うんですけど
若い人たちは違うんでしょうか
自分ではどうすることもできない
環境をどうこう言うより
既に始まってる「人生ゲーム」で
自分の狙ったマスで止まれるよう
いいサイコロの目を出し続ける
その確率を上げていく努力が
面白いような気がしますけど
52くらいになると
だんだん「あがり」が見えてくるし
そんな説教じみた事しか
浮かんでこないんで、若者から
敬遠されるのかもしれませんが
どうせその人生ゲームも
一回きりしかできないわけで
「親」がどうだったかよりも
今日から残りをどう生きるかに
転換した方がいいと思います
私の息子や娘にも
そう考える人になってほしいし
できれば
「親ガチャはずれだったわ」
と、いう人にはなってほしくない
たとえ、そう思っていたとしても
52になった親父はそう思います
その辺が、完璧にオヤジですけど
まあ、いいや
それでは、今日はこれくらいで