「えぐっ」連発する高校生と老害自覚のある私
おんせん県おおいたで
旅行会社をやっています
おおいたツーリストの中村です
2026年6月20日(土)
2493号になります
きょうもよろしくお願いします
大分駅の複合商業スペースで
部活帰りの高校生の一団が
腹ごしらえしていました
カバンを床に置いて
賑やかに話し合う彼らの会話が
何気なく耳に入ってきたのですが
その中で 本当に何度も何度も
使われていた言葉がありました
大谷の飛距離、変化球
中村敬斗のシュート
新製品の商品の旨さ
それが「えぐっ」というフレーズ
何かの感想を言うときも
友達の話に相槌を打つときも
驚きを表現するときも
すべてがその一言だけで
片付けられていくような
そんな不思議な言葉です
最近の若者言葉といえば
「エモい」や「ガチ」なども
よく耳にする代表格ですが
使われる頻度だけで言えば
この「えぐい」の多さは
群を抜いている気がします
それほど今の若い世代に
深く浸透しているのでしょう
こういう若者の言葉遣いに
いちいち「いちゃもん」を
つけるようになると
「それはもう立派な老害だな」と
自分でも重々自覚はしています
それでもやはり耳にする度
なんか引っかかるというか
いい気持ちがしないのが正直な気持ち
とてつもなく凄いことや
想定外の出来事に対して
咄嗟に出てしまうのは
分からなくもありません
ただ 何を見ても何を聞いても
その一言で済ませてしまう風潮は
どうしても気になってしまいます
世の中には もっとたくさんの
素敵な言葉や表現があります
「おいしい」とか
「美しい」「素晴らしい」
あるいは「展開が早い」など
その場その場のシーンや
自分の心の動きにぴったり合う
言葉が必ず存在するはずです
それらをすべて「えぐい」という
一つの引き出しでひとくくりに
してしまうのは
せっかくの豊かな表現力や
語彙力を自ら乏しくしてしまって
いるのではないかと心配になります
何より知的な会話には感じられず
品を欠くようにも見えます
わかりやすく言えば馬鹿っぽい
もちろん どの時代にも
その世代なりの流行語があり
私たち自身の若い頃を振り返っても
何かしらの若者言葉を使い
大人達に眉をひそめられていた
記憶はあるものです
そしてそれらの言葉の多くは
時代とともに使われなくなり
やがて死語となって消えていきます
なので「エグい」も一過性の
ものなのかもしれません
ただ 言葉というのは
自分の思考や感性を形にして
相手に届ける大切な道具です
老婆心ながら
一つの言葉だけで すべてが
通用してしまう世の中は
決して良い風潮とは思いません
まあ、心配しなくても
今の若者はしっかりしているので
いざと言う時は
それを自分の言葉でちゃんと
使い分けて表現できるのかも
しれないですけどね
高校生を見ながら
そんなことを考えていました
それでは今日はこれくらいで
