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選ばなかった方のもう一つの人生

 

 

おんせん県おおいたで
旅行会社をやっています
おおいたツーリストの中村です

 

 

2024年9月12日(木)

1840号になります

 

 

今日もよろしくお願いします

 

 

 

 

人生の中で誰しもに

あるのだと思うのですが

 

 

あの時、あの道を選んでたら

今頃どうなってたんだろう?

 

と、思うことがあります

 

 

 

今日は旅行の仕事に全然関係ない

とりとめのない昔話を少しします

 

 

 

高校三年の時、進路の先生から

進路指導室に呼び出され

 

ある企業からの求人票があって

そこを受けてみないか?と

声を掛けられたことがありました

 

 

 

大学に行けるほどの学力もなく

部活も素行もそこそこの私に

 

「なんで?」という感じでしたが

 

当時の肌感でいえば

地元高からの生徒の採用を企業も

積極的にしたいという事だと思います

 

 

その会社って「小松製作所」でした

 

現在の「コマツ」

あの重機で有名な会社です

 

 

子供の頃に、新製品の試験場として

近所の山中に進出してきました

 

当時の私は上京してみたかったのと

警察官になりたかったので

 

結局、その話はお断りしましたが

なぜか、進路の先生が

あの時ばかりは強く推してきました

 

 

あの感じでは、受ければかなりの高確率で

採用してくれるくらいの話になってた?

んじゃないかと今になっては思います

 

知らんけど・・・

 

まあ、あんなでかい一流の会社に

田舎の普通高卒で入って居続けたとして

果たしてどうなっただろうな?

 

 

収入はいいでしょうから、あとは

サラリーマンとして充実した人生を

送れてれば文句ないでしょうけどね

 

 

 

それと、実はもう一つあったんです

 

 

東京に出て新聞奨学生として

日本経済新聞の初台専売所という

販売店にお世話になっていたんですが

 

 

何度も何度も、警察官の採用試験に

落ち続ける私に、そこの所長夫妻が

 

この店ももうそう長くはやれないので

専業になって、店を引き継いでみないか

 

と、言われた事がありました

 

不合格続きで不憫に思った所長夫妻が

慰めに声を掛けてくれたんでしょうが

 

わりと本気モードで

「折り入って」な感じだったので

真剣だったんだと記憶しています

 

ちょうど昭和が終わり

平成になったタイミングで

浮ついた世の中でしたし

 

 

その時も結局、まだ警察の夢を

捨てきれずにいたので

結局、断ってしまいました

 

二十歳そこそこの兄ちゃんでしたから

何にも考えてなかったんです

 

 

 

人生の右か左かの選択をする時

選ばなかった方に進んでたら

どうなってただろうなと

 

考えてもどうしようもない事を

ついこの歳になると考えてしまいます

 

 

それは今の自分に満足してないから

案外、そうではなくて

 

 

傍から見れば「どうしようもない」と

思われるかもしれませんが

割と淡々と楽しんでる自分がいます

 

後悔したところで仕方ないと

思っているんでしょうね

 

 

結局、どう生きるかなんて

自分が決めて進んでいくだけなんで

昔を振り返ってもどうにもならないし

 

 

だったら、自分は恵まれてるな~と

思いながら生きたほうがいいと思ってて

 

まあ、それでも

かなり特殊な生き方をしてきたと

何となく思います

 

 

選ばなかった方の人生が

羨ましいんじゃなくて

ただ単に、興味があるだけなんです

 

昔付き合った事のある彼女は

今頃、どうなってるんだろう

とかって、フッと思ったりしませんか

 

 

 

それでも、あと10日もしたら

私も55歳です

 

ホントにこんなんでいいんかな?

と最近少し思います

 

 

 

それでは今日はこれくらいで

 

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