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「合格発表は家で寝て待て」という盛大な勘違い

 

おんせん県おおいたで 

旅行会社をやっています

おおいたツーリストの中村です

 

2026年3月10日 火曜日 

2391号になります

 

きょうもよろしくお願いします

 

 

朝晩はまだ冷え込みますが 

日中の日差しには 力強さを感じます

 

おととい、お見送りの後

両親と実家のお墓の掃除を

していたんですが

 

お墓に咲く沈丁花の

いい香りが漂って思わず

 「おぉ~もう春じゃん」と

 

 

皆さんは 「春といえばこれ」という

 自分なりのスイッチはありますか?

 

 

今日は県立高校の入学試験だそうです

 

大分市内の普通科進学校は

軒並み倍率が高く

その他はほぼ定員割れ

 

こういうの見ると私達の頃に比べ

圧倒的に「少子化」を思い知らされます

 

私の合格発表の思い出は 

今思えば少し 「痛い」記憶です

 

姉は大分商業、兄は津久見

どちらも家から1時間弱かかる

遠方の学校だったため

 

彼らの合格の知らせは 

中学校の担任の先生から 

家に電話で入ってきていました

 

なので私は 、姉や兄にならい

合格発表というのは 

「家で寝て待つもの」だと

 勝手に思い込んでいたのです

 

私が受験したのは 

今ではもうすでに廃校となった

地元の野津高校

 

家から車で10分 

同じ中学の大部分の生徒が 

そこへ進むような高校です

 

今考えれば、先生がいちいち

全員に 電話なんかするわけがありません

 

 

当時の私は余裕をかまして 

家で電話を待っていました

お昼を過ぎても 一向に電話がないので

 

「おかしいな」 

「落ちるはずはないけど」

 

発表から4時間経った

午後2時すぎのことでした

 

担任の先生から怒りの電話が入りました

 

「お前だけ書類を取りに来ていないと 

高校から連絡があったぞ!早く行け!」

と 電話で怒られたのです

 

「先生から電話がないからですよ!」 

と言い返してさらに火に油を注ぎました

 

 

本当は別の高校に行きたかった事もあり

投げやりでやる気のない受験だった感じです

 

でも、結果的には高校生活は楽しく

あそこで良かったと思えます

 

試験の結果がどうであれ

進んだ先には必ず

新しい出会いや経験があり

 

その出会いや経験こそが

人生において必然だったりするのです

 

 

高校入試なんて富士登山で言えば 

まだ5合目でバスを降りて

売店「みはらし」で準備ため

着替えしてるくらい

両親や先生のお陰で5合目まで

スバルラインをバスで登れたけど

 

こっからは自力で登るんだぞと

聞かされたくらいの頃です

 

高山病になったり足が痛くなったり

寒いし風も強いし、酸素も薄いし

 

登ったけど悪天候でご来光も

拝めない事もあるし

でも、

諦めなければ見れたりもするし

 

「セラヴィ」って奴ですよ

 

 

今は多様性の時代

 

受かろうが、落ちようが

どんな生き方を選ぼうが

 

周りはほぼみんな

興味持ってないから

気にしなくても大丈夫!

 

私らの頃はOBSがラジオで

合格者の名前読み上げて

翌日には合同新聞に掲載されるという

 

人権もプライバシーも関係ない

そんな時代だったんだから

 

まぁ肩の力を抜いて 

ぼちぼちやって行きましょう

 

 

それでは今日はこれくらいで

 

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